そしてあまりにこういった事件が多いので、少々の事件では驚かなくなってしまいました。
事件に対する感覚がすっかり麻痺しています。
それにしても、安全といわれた日本はいったいどこへいってしまったのでしょうか?
精神が完全におかしいというのならまだしも、秋葉原の通り魔事件の場合は綿密な計画があったようです。
こういった若者がらみの事件を聞くにつれ、わたしはだいたいの事件において、本人に対する躾や子育てにその原因の大部分があるのではないか、と考えてしまいます。。
しかし、躾をおこなう立場である大人たちにしても、ある高級料亭では客に残飯を提供したり、牛肉の産地を偽装したり、
ちょっと前では、マンションの手抜き工事をしたりと、金儲けのためなら平気で不正をする人間が増えているのも現実です。
良心に欠ける大人が増えてきた感は否めません。
躾るとか以前の話です。
そして何かちょっとうまくいかないと、短絡的に他人をまきこんだ犯罪に手を染める若者。
わたしがふと思うに、自分が子どもだったころと比べて、人の苦労話を聞く機会があまりなくなったのではないかと感じています。
いかに生きることが大変だったか、そしてどうやって壁を乗り越えたかという話は以前ではよく聞く話題だったように思えます。
もうひとつ感じることは、若者が目標・目的を持って生きる、という意識が希薄であるということです。
これは、目標・目的がないから何らかの障害があったときに我慢できないということにもなります。
一見日本の社会は閉塞感が漂う先行き不透明な感じがしますが、
これほど自由な社会は今までなかったのではないでしょうか。
戦争もなければ、どこに住んで、どんな仕事をしようが、学校に行きたければ行けるし、自分の行動に対して干渉をうけることも少なくなりました。
目標・目的があれば、これほどチャンスにめぐまれたすばらしい社会はないと思うのですが。
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